Angiotensin-Neprilysin inhibitrorー新規心不全治療薬 NEJM2014

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ARB以来の心不全患者で予後を改善させる新薬の登場を示唆する論文です。ネプリライシンには、ナトリウム利尿ペプチド、ブラジキニン、アドレノメデュリンといった内因性血管作動性ペプチドを分解する作用があり、ネプリライシンの阻害により、これらの物質の濃度が上昇し、神経ホルモンの過剰な活性に拮抗します。 LCZ696は、ネプリライシン阻害薬sacubitril(AHU377)とARBバルサルタンの化合物であり、重篤な血管浮腫のリスクを低減するために開発されました。高血圧または駆出率の保持された患者を対象とした小規模試験では有効性が確認されたため、長期使用が慢性心不全や駆出率の低下した患者に及ぼす影響を、ACE阻害薬エナラプリルと比較しております。

UK、ダラス、ボストンの有名病院と開発元ノバルティス社の共同作業です。筆頭著者のDr. McMurrayは前年度EHJ heart failureの本試験、PRADIGM-HFの骨格となる論文を発表しています(2013; 15. 1062-1073)。

 

【Reserach Question】

新規心不全治療薬、Angiotensin-Neplysin阻害薬 (LCZ 696)は予後を変えうる薬物か?

 

【Method】

@ study design; ランダム化・二重盲検を基本としたものですが、新規薬剤で最も注意すべき、副作用による脱落を極力おさえるためお試し期間ともいえるrun-in periodを対象薬となるEnalaprilにも、2週間、設けております。その後ランダム化して追跡しています。

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@ 対象患者

1) 18歳以上でNYHA II-IVでEF 35%以下。

2) BNP; 150 pg/mL以上かNT pro BNP 600 pg/mL以上で年内に心不全入院している。

3) レニベース 10mg/day相当量(Table 1) のACE-I/ ARBで、少なくとも4週間は加療されている。

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4) またβ遮断薬も同様に少なくとも4週間は加療されています。

 

アルドステロン受容体遮断薬に関しては必須項目とはしておりませんが、腎機能やカリウム値を考慮して、可能であれば少なくとも4週間は加療されているいただくようにと依頼はかけているようです。除外基準は上記Table 2のとおりです。私見として内容は至極当然のようなものばかりと判断しています。簡単にお示ししますと、

1) 急性期疾患;急性心不全やMI、不整脈(頻脈・徐脈)コントロール不良ケースや、

2) 重症心不全でCRTなどのディバイスを必要とするケース。

3) 手術を必要とするような別の病態、消化器疾患なども含めた、ケースや予後5年以内を予測されたケース

 

などなどです。最終LCZ 696; 4187人、レニベース 4212人にランダム化され、追跡調査しております。

 

@ Primary endopoint

心血管死・心不全入院の複合項目ですが、心血管死単独で違いがだせるようサンプル数を算出している、と記載されているところがポイントです。つまり上記人数になるに至った根拠として、約3年追跡で14.5%の心血管死発生、レニベース郡では特に7.0%をみつもり、80%検出力で、15% LCZ696郡でイベント抑制しうる、両側5%検定、とした条件から算出しております。倫理上、中間解析するための委員会も設置しております。中間解析方法は1回目、p<0.0001,2および3回目はp<0.001のLCX 696の死亡(全死亡・心血管死いずれも含む)を片側性で検定しております。p値からO'Brien-Fleming法に近い解析法といえます。2,3回目解析が比較的0.05に近く設定されているため有意差が出やすい反面、1回目p値が厳しいため早期中止になりにくい解析法といえます。

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(*医学界新聞に連載された琉球大学植田真一郎教授の解説から図を引用させていただきました。)

 

【Result】

ではつづいて結果をみてみます。LCZ 696が効果的であったことから、上記中間解析結果に基づき27か月で追跡の中止勧告がなされました。

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RRR; 1-21.8%/26.5%=17%のリスク減少がみられ、

ARR; 26.5% - 21.8% = 4.7%分に相当し

NTT; 1/4.7%=21.2人 (27か月あたり)が LCZ 696を服薬することに恩恵を被るという結果になります。

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K-M解析からも特にハードエンドポイントであったB, Dに有意をもって改善は驚愕です。

 

著者らは参考として個々の内容について、下記のような図を提供しております。75歳以下であればNYHA の程度にかかわらず、たとえ腎障害があっても期待できそうです。ただアジアンが有意性をだしていないところに我々には課題が残ります。

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【私見】

Neprilysinはβアミロイドタンパクを分解する作用があります。マウスに過剰発現させると12-20か月で同タンパクが半分にまで減ることが報告されています(J Mol Neurosci. 2004;22(1-2):5-11.)。LCZ 696長期服用がアルツハイマー病発症と因果関係が気になるところです。ただこのような実験系では過剰発現モデルと肝臓で代謝されてしまう薬物とでは全身に回る効果が雲泥の差があります。さらに過剰発現モデルと薬物ではシステムフィードバックのかかり方にも同様、雲泥の差があるため、可能性と確立論で考えるとアルツハイマー病発症という点に関し(多くの交絡因子も含みますし)差を導き出すことは困難なように感じます。

 

慢性心不全の治療にはCaptoprilに代表されるACE阻害薬が20年あまりにわたって確立されています。SOLVD研究からは特に中等度までの心不全に有効とあります。ただ当時に医療背景とは現在では大きく異なります。ACE-I/ARB以外の内服レジュメがほぼ確立した現在、この背景でハードエンドポイントを改善させたことは驚愕です。

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